大正ロマンを代表する美人画で有名な、竹久夢二がその晩年の2年あまりを欧米に外遊したことはあまり知られていません。はやくから欧米への憧れを抱きながら実現せず、人気もかげりを見せ始めていた昭和6年5月になってようやく叶ったのでした。
はじめに渡航したアメリカ西海岸では、展覧会を開き、オリンピック観戦などもしています。しかし、世界恐慌の影響もあって絵の買い手は少なく、また気候風土もあわずに体調を崩してゆきます。ついに貨物船でヨーロッパに渡り、病身を押して多くの都市を訪れ、スケッチを残しています。とくにベルリンではヒトラー台頭期のただなか、イッテン・シューレ(ヨハネス・イッテン設立の美術学校)において東洋絵画の実技指導・講義を担当しながら、激動する時代の人びとや街のありさまを描きとどめています。
今回は中右コレクションのなかから晩年の苦難のなかで生み出された「欧米スケッチ」を中心に、当館所蔵の「流人スケッチ」「夕餉の図」などを加えて展示いたします。
